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名称 |
徳星寺 |
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住所 |
埼玉県上尾市畔吉751 |
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電話番号 |
− |
施設概要 |
徳星寺は、山号を東高野山遍明院と称する天台宗の寺であるが、山号を「高野山」と称していることから古くは真言宗の寺であったとされる。
寺伝によると、弘法大師空海創建の寺と伝えられ、カヤの大樹(県指定文化財)は、その時に植えられたものとされています。また、今は堀井戸となっている月影池は大師がアカ井として用いた
ものと伝えられている。大師に係わる伝説は、真実などは不明であるが、山号から高野山とつながりのある古刹であることは明らかとされている。
◇徳川家康朱印状等古文書(市指定文化財) 徳川家康は、天正18年(1590)に江戸入府以来縁故、由緒ある寺社に対して寄進を行っており、十四代将軍家茂まで続き、その寄進の証として朱印状を与えている。
この朱印状は、三代将軍家光の時からのものが多いとされているが、当寺では初代将軍家康以降歴代12通の朱印状が揃っている。上尾市内の寺社では、初代将軍家康、二代将軍秀忠の朱印状が保存されている
のは当寺のみとされています。また、寺には、岩槻城主 太田氏房から当時畔吉を領していた井原土佐守に宛てた印判状(天正17年(1589)が保管されている。
◇大カヤ(県指定天然記念物) 大カヤは、イチイ科の常緑高木で幹周り5.3m、高さ21m、樹齢700〜800年と推定される。また、この大カヤを中心とした約4,000uに及ぶ地帯は、カシ、カヤ、アオキなどの温暖系の林叢をなしていて
これらも含めて県指定天然記念物に指定されている。
【アクセス】 電車: JR高崎線上尾駅西口より東武バス「西上尾車庫」行で「畔吉」下車徒歩5分
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名称 |
椿堂(地蔵尊) |
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住所 |
埼玉県上尾市領家 |
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電話番号 |
− |
施設概要 |
椿堂はかつては本山派修験に属する林蔵院(明治4年廃寺)の所有で、椿の古木があることから土地の人は古くから椿堂と呼んでいる。
この名にちなんで 「うぐひすの 笠落したる 椿かな」 の芭蕉の句碑が建てられている。 この句碑は、天保5年(1834)無礙庵雙杜(むぎあんそうと)という
土地の俳人の米寿(88歳)を祝って友人達が建てたと記されています。無礙庵は、畔吉村の人で18世紀江戸を中心に活躍した俳人大島寥太門人である。また、この裏面に文書を書いたのは
、旧中分村(上尾市大字中分)の松日庵伊圭という人で俳句や書に優れていた(伊圭は俳号で、書では完里の号を用いていた)。この芭蕉句碑の前には六角地蔵があり年代的に古いものと思われる。
【アクセス】 電車: JR高崎線上尾駅西口より東武バス「西上尾車庫」行で「畔吉」下車徒歩
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名称 |
法光寺 |
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住所 |
埼玉県北足立郡伊奈町大字小室字別所4228 |
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電話番号 |
− |
施設概要 |
法光寺は、真言宗智山派に属し、金亀山阿弥陀院法光寺と称する。本尊は阿弥陀如来で鎌倉住人運慶作といわれている像を安置している。
創建は、延暦10年(791)坂上田村麻呂により、開山は宥覚上人といわれている。 この寺は、もともと天台宗に属し泉福寺(桶川市)の末寺で、永禄6年
(1563)弘覚和尚の代に徳星寺(上尾市)と所属宗派を交換し真言宗となった。その後明治27年(1894)までは醍醐三宝院(京都)の末寺であったものが同年第17世融覚和尚の代に智
積院(ちくいん)の末寺となった。
◇後白河天皇の第二皇子守覚親王によるとされる書(町指定文化財)
◇阿弥陀如来画像(古法眼元信筆伝) ◇十三板石塔婆 −永正3年(1506)−(町指定文化財)
【アクセス】 電車: 埼玉新都市交通ニューシャトル丸山駅から徒歩25分
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名称 |
建正寺 |
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住所 |
埼玉県北足立郡伊奈町大字小室字本上7730 |
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電話番号 |
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施設概要 |
建正寺は、古記録によると寿永年間(1182〜1184)岩崎将監(いわさきしょうげん)が大字丸山に堂字を建て、小室山建正寺と号し以後400有余年臨済宗に属していたと伝えられる。
その後、慶長年間(1596〜1615)伊奈備前守忠次が丸山に築城居館するにあたって現在の地に移り、龍興寺(群馬県館林)第四世吉洲良朔和尚を招請して開山とし、曹洞宗に改め龍興寺の末寺となる。
堂字は、安永8年(1779)に全焼し、天明6年(1786)再建された。その後、草葺屋根を瓦葺にするなど改修が行われ昭和59年には大改修が行われている。また、
薬師堂は、天保15年(1844)の建立で、昭和62年大改修が行われている。山門は嘉永7年(1854)の建立とされている。堂内には臨済宗当時の本尊薬師如来の鉄仏像(町指定文化財)を安置している。
【アクセス】 電車: 埼玉新都市交通ニューシャトル志久駅から徒歩15分
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名称 |
春日家の墓(桂全寺) |
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住所 |
埼玉県北足立郡伊奈町小針内宿1352 |
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電話番号 |
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施設概要 |
春日氏は藤原氏より出て北条氏に仕えた。天文6年(1537)川越合戦(北条・上杉両氏の戦い)で春日八郎光行は軍功があり、その後足立郡菅谷村に館を設けて足立一円を領した。
嫡子春日下総守景定は岩槻城主 北条氏房に属し、永禄12年(1569)旧小針内宿村に陣屋を築き居住し桂全寺を開基した。
後に京都伏見城の御門番をつとめたといわれる武将で、子孫は、小田原など各地に出向し、十代 顕協(あきつく)は当地に帰農、その子顕道は徳川十代将軍家茂に仕え徴兵役などを
勤めたとされている。
春日家の墓 −伊奈町指定史跡−
【アクセス】 電車: 埼玉新都市交通ニューシャトル内宿駅から徒歩3分
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